大和といると。
本当に他には何もいらない、このままずっとこうしていられたら一番いいな、と思う。
大和は基本的に優しい。
メールも電話もほとんど大和からで、それはマリのほうが「冷たい!」と怒られるほどマメだった。
男の人と付き合うのは初めてなので最初はそれが普通なのだとばっかり思っていたけれど
ミーちゃんやバイト先のパートの小山さんによるとそうでもないらしい。
『それは相当ベタ惚れぇ〜』
『私と主人が最初に付き合った頃でもそんなにマメじゃなかったよ?』
そう言われると恥ずかしく、でも嬉しくてこそばゆい気持ちになる。
切れ長の瞳に通った鼻筋。そこに浮かぶ人懐こそうな笑顔。
ひいき目なしに見ても大和は格好の良い人で、それだけの理由で選んだわけではないと思いつつもマリの瞳は常にその笑顔をとらえてしまう。
服はしばらく買えねぇな、金がないもん。
そう言うけれどあまりそれを感じさせないのはセンスがあるからなのかも知れない。
マリが大和に会うときおしゃれをしていくのは、もちろん大和によく見られたいというのもあるけれど
大和の隣を歩いていてもおかしくないような女の子でいたいという気持ちがあるからだった。
すごく独占欲が強くて、それは時々親友と言ってるヒカルくんにまで惜しみなく発揮されるのでヒヤヒヤすることもあるけれど…
最近はむしろそれがないと逆に不安なほどになっている。
(私もおかしくなってきてるのかな・・・)
二人の付き合いが始まって3ヶ月弱、大和はマリに飽きるどころかますます、愛情を持ってくれているような気さえする。
そして、それはマリも同じことだった。
大和がいなかった頃が、今は信じられない。
会うときはもちろん、会っていないときもマリの中は大和のことでいっぱいで
今何をしているんだろう、次会えるのはいつだろう、とかそんなことばかり考えていた。
(幸せってこういうことかもしれない・・・このままでいたいな)
大和と次に会える日を話し合いながら、マリは大和の手をキュッと握る。
「ん?なんだ?」
なんでもない、と言いながら大和の手の中に自分の手をそっと滑りこませた。
精一杯の甘え。大和がそれに応えてくれるように、マリの手を軽く握った。
「さて、そろそろ学校戻るわ」
「・・・うん」
「さみしそうな顔すんなよ〜。すぐまた会えっから」
「ごめん・・・」
顔に出てしまうのはマリの悪いクセだ。出しちゃいけないと思うのに出てしまう。
「また母ちゃん来るとき連絡するわ」
「うん」
「そんでさ、俺もさ・・・」
「え?」
少し落ち着かない様子の大和に、一体何だろう?と思っていると。
「俺も、一回鞠の家行きたいんだけど・・・」
「え。どうして?」
「どーしてって…お前、それはあまりに冷たい言い草じゃない?」
「ごめん・・・だって急に言うから」
大和は苦笑いしながらマリの驚きを軽くいなした。
「別に何にも急じゃねーよ。前からちゃんと挨拶しに行けって言われてんだよ」
冗談めかした口調の中に、わざとなのかぶっきら棒な物言いが混じっている。
「お母さんに?」
「うん。および、親父に」
「お父さんも私のこと知ってるの?!」
「俺が直接話したわけじゃないけど。どうやら俺が付き合ってる彼女のこと話したの初めてだったらしくてさ。
それで親父もお袋もえらく盛り上がってしまったらしく」
「初めて、だったの?」
それってすごい意外・・・。
今までたくさん付き合ってた子いたと思うのに、初めて?
「そんなのいちいち報告しねぇよ。女の子は知らないけど、男はそんなもんだよ」
でも何かしゃべっちゃったんだよな。
そう話す顔もどこかぶすっとしていて…
(あれ。もしかして、照れてる?)
何で?そう思ったけれど。
会話の中に、お母さんはたびたび登場するのに対して、お父さんの話を聞くことはあまりなかった。
「そうなんだ」
「そ。親父の機嫌も少しそれで治って仕送りも少し戻ってきそうな予感。なので、真面目に挨拶に行っておこうと思ってさ」
「わかった。お母さんに話してみる」
「うん、なるべく時間空けるようにがんばるから。そして出来ればごちそうを用意しておいて」
「ふふふ、うん。大和緊張してる?」
「あたりめーだ!お母さんはともかくお父さんが緊張するわ〜今からヤバイわ〜〜」
大和は車に乗り込みエンジンをかけながら、眉間にシワを寄せて少し険しい顔をしている。
それが緊張しているときの顔だと知ったのはつい最近のことだ。
「大和の好きな鶏のから揚げ用意しておく」
「頼むわ〜、鞠の家のから揚げマジで旨いからな。俺それだけがオアシスになるかも」
「うん。・・・なんか、うれしい」
「何が?」
「大和に、大事にされてるって感じがする」
「んなもん当たり前だ。俺は相当!鞠を大事にしてる」
「うん、ありがとう」
「マリも大事にしてね、俺のこと」
「うん」
マリはクスクス笑って、うれしそうに大きくうなずいた。
「ありがとうございました〜。何かトラブルがあったらすぐにご連絡くださいね」
その日、マリは耳にピアスの穴を開けた。
姉に教えてもらった病院まで車で連れて行ってもらうといろんなピアスがあり、
比較的アレルギーになりにくいからと勧められるがまま、
チタン製で小さいアクアマリンが埋め込まれているものをファーストピアスにした。
1週間くらいはこのままで過ごさなければいけないらしい。
(ちょっと痛かったけど、開けてよかったかも)
マリは時々耳に触れて、初めての感触を楽しんだ。
大和のお母さんとは、来週一緒にお昼を食べることになっていた。
「今から緊張しちゃうなぁ・・・どんな服着ていったらいいだろう」
「そうだなぁ・・・あんまし堅苦しいのもヘンだと思うけど。マリがいつも着てるようなのでじゅうぶんいいと思うよ。
普段からあんたそんなに派手な服着てないんだし」
「そうかな?」
「うん、それでいいと思うな。それよりうちに彼氏連れてくるってお母さんに話したの?」
「ううん、まだ」
言おう、とは思っていたのだけどなかなかタイミングが掴めないままだった。
それを正直に話すと、姉は呆れ顔で
「そんなの相談も何も、親に言えばいいだけじゃないの」
と一蹴した。
「早く言ったほうがいいんじゃない?年末だと彼だって忙しいんじゃないの?」
「うん・・・なかなかタイミングがつかめなくて」
「悪い印象はないと思うけどね。なんせ彼氏が出来てからマリが明るくなったって喜んでたくらいだし」
姉は車を運転しながら7つ下の妹を見やり優しく微笑んだ。
「そうなの?そんなのお母さん一言も・・・」
「心配してたんだよーずっと。年頃なのにいつまでも中学生のまんまみたいで少し気になるって」
「・・・そっか」
普段お化粧もあまりしない、友達も少ないマリをそんな風に思っていたのか。
いつも『この先は学校へは行かないのか』ということだけを心配されているのだとばかり思っていたけれど・・・
(そればっかりじゃなかったんだな・・・)
自分が余計な心配ばかりをさせている気がして、少し申し訳なくなった。
姉はそんな私の様子を見て、肩をすくめた。
「まぁそんだけ厳しくしてるんだから仕方ないだろって言ってやったけどね。未だに門限10時だもんね、あんたよく守ってるよ」
「えっ、お姉ちゃんは守ってなかったの?」
「10時に帰ってきて、あとから部屋こっそり抜け出してたわよ」
「本当?!」
「あんたも相当ぼ〜っとしてるねぇ。そんなことでもしなきゃ楽しめないわよ」
「知らなかった・・・」
けれど、そう言われて見れば確かに・・・
姉は門限を破ったことはほとんどなくて、けれど遊ぶことに関しては子供の頃から手を抜かない人だった。
・・・納得、かも。
「あんたも早く一人暮らしでもしなさいよ。そしたら遊び放題彼氏と会い放題だよ?」
「でも、そんな理由で一人暮らしは通らないよね?」
「専門学校でも通えば?あんた高校からやり直す気はないんでしょ?いっそのこと専門学校で資格取ったりしたらいいんじゃない?」
「専門学校・・・」
「うん、調理師とかどう?J市にあるよ」
「・・・遠くない?」
姉はいよいよ呆れたのか、ガックリとうなだれた。
「だから、一人暮らしできるんじゃない」
「あ、そっか」
「本当にそういうとこ、ぼ〜っとしすぎ!遊ぶのは今しかないんだよ〜、もっと楽しみなさいよ」
「うん。専門学校か・・・考えてみる」
「まだ惣ちゃんのお迎えまで時間あるからお茶しよ〜」
この間ミーちゃんに教えてもらったカフェでカプチーノを飲みながら「私も彼氏見てみたいわ〜」と姉は言った。
「どんな子?」
「う〜ん・・・明るい、人。人見知りとかしないの」
「かっこいいの?」
「うん・・・本人は嫌がってるけど、トキオの山口君に似てる」
「マジ?それ期待しちゃうわ〜〜。私も同席しちゃお♪」
「あ、私もお姉ちゃんにいてほしい。大和、子供好きだしお姉ちゃんとも気が合いそう」
「そうなの?じゃあ惣ちゃんの面倒みてもらいに行こうっと」
姉はふふ、と笑って短くカットされた髪をかきあげた。
昔はロングのさらさらヘアーで、少し固めの髪質のマリはとてもうらやましかったけれど、子供ができたときに短くしてしまった。
"短いほうが楽だわ〜"と言って笑う顔は子供がいるようにはあまり見えず、肌もキレイだ。
小さい頃から、美人でなんでもできる姉とよく比べられたりして悲しい思いもしたけれど、自慢の姉だ。
「あ、そうだ。男の人に何あげたら喜ぶと思う?」
「彼氏にあげるの?誕生日?」
「彼氏とその友達。小さいものなんだけど、この間からいろいろもらいっぱなしで。あと彼氏は誕生日もピアスくれるって言うし・・・」
「だったらクリスマスのときにまとめてあげたらいいんじゃない?そうだな〜・・・時計とか、それこそピアス返しとか」
時計は・・・つけてるのは見たことがない。
ピアスもだいぶ穴が閉じてしまっているし・・・
「う〜〜ん・・・じゃあさぁ、キーチェーンは?」
「キーチェーン?車のカギつけとくやつ?」
「そうそう。あれってずっと使ってるとすぐヘタるから、いいんじゃない?」
「そういえば、少しくたびれてたかも」
茶色い皮がいい感じになめされているけれど端がボロボロにめくれているのを、何気に思い出した。
そうか・・・そういうのもいいのかも。
「好み聞いておいて、ゆっくり探してみるといいよ。あと友達か・・・何もらったの?」
「えっと、マンガのキャラクターのストラップ。これ」
そういってマリはヒカルからもらった、自分の携帯についているルフィを見せた。
「あ〜〜。それくらいだったら別にいいような気もするけど。気になるの?」
「うん、前にも少し助けてもらったことがあって」
「へぇ〜、じゃあケーキでも焼いて持ってけば?」
「ケーキ?」
「前、惣ちゃんに焼いてくれたじゃない」
「あ、人参のパウンドケーキ?」
甥っ子の惣ちゃんは好き嫌いが多くて、特に野菜を好まない。
お菓子は喜んで食べるというので一度人参をすりおろしてパウンドケーキにしたら、
こちらが驚くほどすごくたくさん食べてくれたことがあった。
「それそれ。あれ美味しかったもん。あんなの2切れほどラッピングしてあげたらじゅうぶんじゃない?」
「そうかな・・・」
「あんましごっついのあげちゃうとかえって気を使わせちゃうよ〜。それくらいでいいんじゃない?」
「わかった、そうする。ありがとお姉ちゃん」
そのあと家に帰り、勇気を振り絞って、母親に大和が家に来たがっていることを伝えた。
鞠も彼の母親に会う、と言うと母親は驚き「ちゃんとした服着ていくのよ、ジーパンだめよ!」といい、
「挨拶に来られるなんて真面目な子なのねぇ。きっとお父さんも会いたがると思うし、いつがいいか聞いてみるわ」
そういって、なぜかウキウキとしだした。
どうやら前から大和の存在が気になっていたらしい。
「なかなかどんな子かハッキリ話してもらえなかったし、会えるのうれしいわ〜。
うちのから揚げが好きって前話してたわね?たくさん作って待ってるって言っておいてね」
「うん」