遂に来た日曜日。
ミーちゃんはリョウコちゃん、という子を伴って大学にやってきた。
意気、揚々と。
「やっぱあたし一人だと大変かな〜って。リョウコも面白い!やる!っていうからさぁ」
リョウコちゃんはミーちゃんほど服装に派手さはないものの、縁を何重にも色鉛筆で重ね塗りしたような瞳はミーちゃんと共通している。
本来の目はどうなのか知らないが、ちらりと見られるだけでビクついてしまうような目力だ。
化粧って、すごい。
「こんにちわ〜、初めまして!んじゃ、あたしは篠塚くんにつけばいいんだよね?どっちが篠塚くん?」
そしてまったくの初対面だというのに明るいそのノリも、ミーちゃんと同じ。
「あ、はい、俺です」
そのノリに持ち上げられたかのように手を上げて返事をした篠塚の腕を躊躇なく握る。
「じゃ今から、服見にいこ〜!」
「は、はい・・・じゃ、しゅっぱーつっ!」
「お〜っ♪」
いきなり腕を掴まれてさすがに驚いた様子を見せたものの、今更引くのもそれはそれで変だ、と思ったのだろう。
いつもの篠塚からは想像つかない変なテンションで、どこかへ引っ張られて行ってしまった。
研究室なんてところにいると女の子と絡む機会はそう多くない。
俺は勿論のことだけど、少なからず篠塚だって緊張しているのだ。
(あ〜ぁ・・・・先が、思いやられる)
頭が痛くなってきた気がする。
けれどそこに容赦ない一言。
「ヒカルくんは、あたしと美容室ね!」
「それ、マジで?」
「マジ!」
「・・・分かった・・・」
観念して、身を委ねることにした。
(いいや、髪の毛なんてすぐ伸びるし・・・)
ミーちゃんがいつも行っているというその近くの美容室に連れていかれた。
あらかじめ美容室の人に相談していたのだろう、俺がつくと「あ、来た来た!」と早速シャンプー台に、その後濡れた髪のまま鏡の前に押し込まれるように座らされた。
「ねね、こんな感じ。どう?」
「あー、イイんじゃない?似合うよきっと」
そしてミーちゃんはかなり整った顔立ちの美容師の男に、雑誌の切り抜きのような写真を見せてあれこれ指図をしている。
俺に一切の相談はない。
そして俺だけが無言の状況のままカラーリングというのをされ髪の色を茶に染められた。
ショキショキショキ…という軽いハサミの音と共に細かく落ちていく毛束は、見覚えのない茶色をしている。
まったくなんでこんなことになったのか、という後悔とそれでもハサミを入れるその手つきに安定感を感じること、そしてあちこちの店員から
「店長、こちらのお客様のカットお願いします」
「失礼します、店長このカラーなんですけど…」
など声を掛けられては「ちょっとゴメンね」とにこやかに俺の背後から立ち去る所作がキマっていて隙がない。
そして会話の流れで、今俺の髪を切っているこの人が、ミーちゃんの彼氏らしいということが分かった。
正直ちょっと驚いた。
似合わないわけではないんだけど、意外なカップリングと言おうか。
「美玖(ミク)、強引だっただろ?ごめんね」
そう言われても、この人も了解なく髪にハサミを入れているし・・・今更感が漂う。
「いえ・・・」
「どうも君の事ほぉっておけなかったみたいで。悪気はないから」
爽やかに、こちらが返事がしやすいように軽く語りかけながらも手は休めていない。
鏡越しに向けられる眼差しは真面目だ。
想像していたミーちゃんの恋人は、もう少しチャラチャラした感じかと思っていた。
いい意味で裏切られた気分だ。
「はぁ・・・そうなんですか」
「だいたい、友達の男の子変身させたいの!っつって俺のとこ連れてきてカットさせるってすごい女なんだけどね」
「・・・正直、確かに」
年齢から来るのかそれとも人生経験から来るのか、身につけられた若いファッションとは対照的な、落ち着いた空気。
ミーちゃんはすっかりそれに甘えてしまっているに違いない。
「はははっ。でもなんか面白くってさ、飽きないんだよね」
「はぁ」
(惚気られてもなぁ・・・)
際限なく、容赦なく切り落とされ床に散らばっていく相変わらず見慣れない色の毛束を眺め。
今まで生きてきた中で一番短くされていることに気がつき、少し不安になった。
ちょっとだけだがやっかいなクセっ毛のおかげで、短くされてしまうとそれが目立ってまとまらなくなってしまうのだ。
「あ、大丈夫だよ。あとでどうとでもなるようにカットしてるから」
無言だったところに、突然に鏡越しに言葉をかけられた。
「え・・・・あ、はい」
「それに少しクセっ毛だね?こういう人のほうが今はいいんだよ、パーマなしでもセットできるし」
基本的に必要以上に語らないヒカルから、どうやって不安を読み取ったのだろうか。
内心驚きつつも「そうなんですか」と静かに返事をする。
「やり方教えるから、マスターしてって」
「はい」
―――2時間後、鏡の中にいるのは、まったくの別人だった・・・
「ほら〜〜〜!全然違うじゃん!!!タカユキもそう思うでしょ!」
「ホントだなぁ、来たときとはずいぶん違うね。かっこいいよ〜」
隆之さんは微笑みながらも、俺に整髪料の使い方をみっちり教えてくれた。
そして・・・1万5千円もとられた・・・。
「大丈夫!洋服は5千円以内でおさめるから!」
そう言って次にミーちゃんが連れてってくれたのは低価格が売りの若者向けの量販店。
「ここで充分!ヨレヨレの服とか着てなければ、あとはOKだと思うんだー」
カゴを片手に安売り中のTシャツを2枚、パーカーとウエスタン調のネルシャツを一枚選んだ。
「さて。あっちはどうなってるかな〜」
そう言って篠塚が連れていかれたというセレクトショップとやらに行くと、店の前にはすでに着替え終わった篠塚とリョウコちゃんが立っている。
「おっそーい!お茶しちゃったよ」
「ごめんごめん!篠塚くんかっこいいじゃん!イケてる!」
「本当?」
篠塚は黒のポロシャツにジーンズという一見なんでもない服装なのだがなぜだろう、いつもよりオシャレに見える。
まぁ、本人がノってちょっとイケてる風に澄まして立っているのも、一因なのかもしれないが…。
「とりあえずさっき買ったのに着替えて、大和くんに見せてきなよ〜」
と言われ背中をポーン、と押され。
渋々研究室に行く。
研究室のあたりにはちらほらと人がいて、すれ違うやつ皆がこちらに振り返ってくる。
(日曜でよかった・・・明日がユウウツだ)
「大和・・・」
実験室にいた大和に声をかける。
「おー」
どうやら集中して作業をしていたらしく、返事だけしてしばらくしてからのっそりとこちらを向く。が、すぐ元に戻ってしまう。
それからもう一度自身の目を疑うように「んっ?」と振り向いた。
「なんだよ、ヒカルかよ!えらい改造されたな〜!!気がつかなかったぞ最初」
・・・昔からの幼なじみですら気がつかないほど、今の俺は別人らしい。
「うん・・・」
「いいじゃん!かっこよくなったじゃんか!」
「いいよ別に・・・お世辞は」
「いやいや、髪いじくるだけでそんなになるのかー。すっげーな!俺ももっとしつこく言えばよかったな〜」
すっかり感心している大和からその話題を取り上げたくて、話を変えた。
「・・・夜、また飲もうって言ってるんだけど、来るか?」
「おう、行く行く。鞠も呼ぶかな〜。ビックリすんだろうな〜」
夜、焼き鳥屋のテーブルを挟んで、鞠ちゃんはきょとーん、とした顔で俺のことを見ている。
恥ずかしい。それに緊張するからやめてほしい・・・。
「すごい・・・変身。かっこいいね、ヒカルくん」
頬が熱くなるのを誤魔化すようにロックグラスの中の焼酎をあおった。
「鞠・・・ヒカルに惚れたの?」
「え、だってこんなに変わっちゃうとビックリ。ドキドキする」
「それ惚れてない?」
「なにそれ?大和、さっきからそんなことばっかり言って、変だよ?」
またブスっとしだした大和は鞠ちゃんを送ってくから、と言ってウーロン茶、鞠ちゃんも今日はのんびりカクテルを飲んでいる。
「そうだ!この間のマンガ読んだの持ってきたんだ、ありがとう。私の本も部屋に置いといたんだけど分かった?」
「あ、わかったよ。今読んでるところ」
不機嫌な大和をいなす笑顔。
その輝く笑顔をそのまま、ヒカルに向けてくる。
こんなに、明るい笑顔をする子だったろうか・・・内心胸が高鳴った。
「あとストラップもありがとう。何かお返ししなきゃ」
「いや。ちょうど二つ持ってて困ってたんだ、気にしないで」
「でも・・・」
「すとらっぷ〜?何それ?」
大和が不機嫌そうに話に割って入ってきた。
「この間マンガと一緒にストラップもらったの。だから、何かお返ししなきゃかなって」
「ふ〜ん」
大和の顔がみるみるヤキモチに歪んでいく。
慌てて俺は言った。
「別にいらないよ。本当に余ってたようなもんだから、気にしないで?」
「でも・・・」
「鞠〜、いらないんだからいーじゃん?な?」
こいつは・・・せっかく気を使ってやってるっていうのに。
気が変わった。一言イジメてやろう。
「それに、大和が妬いてうるさいし」
「なんだと!」
「妬いてるじゃん」
ぐ、と大和が詰まった瞬間。
「あっははっ!大和くん、めちゃくちゃラブラブすぎてウケるー!!」
ミーちゃんのこの一言で大爆笑が起こって、その飲み会はまた盛り上がった。
俺たちより先に店を出て行った大和と鞠ちゃんは、今日は部屋にはいないだろうとは思ったけれど。
なんとなく部屋には戻りづらくて夜中に一人研究室に戻り、そのまま徹夜して朝を迎えた。
髪型のことはすっかり忘れ、朝飯を買いに購買へ行くとなんとなく・・・すれ違う女の子と目が合う。
一人二人じゃないので、どうやら気のせいではないようだ。
(何だろう・・・)
不思議に思いつつもサンドイッチと缶コーヒーを買い研究室に戻る。
いつものデスクに岩井教授が座っていたのでいつものように
「おはようございます」
と挨拶をした。
岩井教授はポカン・・・とした顔で俺を見上げた。まるで、コイツ誰だ?と言わんばかりに。
少し考えるような瞳をして、
「・・・あぁ。青木、か?なんだ、お前イメチェンか?」
ようやく合点がいったようにそう言われ、俺はやっと昨日のことを思い出した。
居心地の悪い感情が蘇り、忘れていた自分が恥ずかしくて顔が熱くなる。
「あっ・・・はい。というより、流れでこうなってしまって」
もごもご口の中だけで言い訳し、逃げるようにそそくさと自分の机に戻った。
朝、続々と登校してくるゼミの仲間も、何も言わないまでも驚いているのは伺えた。
そりゃそうだろう。
俺が身だしなみに気を使っている姿なんて、今の今まで見せたことがない。
目の前に研究資料や提出期限の迫ったレポートがなければその場を立ち去っていたところだ。
その間、大和は下を向いてずっと肩を揺らして笑いをこらえている。この野郎・・・後で覚えとけよ。
しかもそんな時に限って、授業を手伝っていてもやたら女の子が質問をしてくる気がする。
最初は丁寧に答えていたけれど、終わっても話をしたいという感じでなんとなく群がられてしまう。
当然だけど、そんなことには慣れてない。つい逃げ腰になり、適当に流していた。
最初、横目で見ているだけだった大和がちょいちょい、俺を手招きしたのをいいことにようやくその場を離れることが出来た。
「助かった。ありがとう」
そう言った途端、大和は渋い顔をして俺の腕を掴んで、ぐい、と引っ張りながら歩き始めた。
「な、何だよ?どこ行くの?」
「食堂」
「まだ昼じゃないだろ」
「いーからちょっと来い」
強引なのは大和の常だ。
されるがままに階段を降り、食堂に入って、入り口すぐのパイプ椅子に座る。
午前中の食堂は人もまばらで、厨房から流れてくる出汁の強い匂いだけが立ちこめている。
大和は隣の椅子をガラガラ・・・と音を立てて引き、どっかと座り込んだ。
そして、開口一番。
「お前さー、もったいなくね?女の子、もう少し優しくしてやりゃいいのに」
「もったいない? なにが?」
意味が分からない。
そう言うと、大和はがっくりと肩を落とした。
これだからコイツはよー、とぶつぶつ呟いている。
「気がついてないみたいだけど。モテてるよ、お前」
(・・・・・・・は?)
さっきの女の子たち?と口に出す前に、大和がそうそう、と大袈裟なほどに深く頷いた。
「つーかさ、あの群がりようでそれ以外に何があるよ?普通すぐ分かるだろうが」
「・・・・」
心底驚いた。
驚きすぎて言葉が浮かばず、ただ呆然としてしまう。
そんな俺に大和は「お前、そっち方面はマジでバカだな」と呆れた顔をしている。
「こんな、簡単なことなの・・・か?」
「お前の場合はそうだったみたいだな。だから俺が常日頃言ってただろ?見た目に気を使えば女すぐできるって」
「・・・そう言われても」
そんな夢みたいな話、はいそうですかって素直に信じられるわけないよ・・・
憮然としだした俺に大和は苦笑し、今度は宥めるように言った。
「まぁ、あの中にいいって思う子がいなけりゃ一緒なことなのかもしれないけど?
あんまし冷たくしすぎても可哀想だぞ。普通に、いつもどおり接してやったら?」
「俺、冷たかった?」
「慣れてる俺から見たらビビってる、って感じだったけどな。女から見たら"クール"に見えただろうな〜」
こーんな感じ、超感情ねぇし。
そう言いながらチラリ、と軽くこちらを見下ろすような大和の視線は明らかに高圧的だった。
「・・・気をつけるよ」
そんな顔してたのか、俺。
けど、クールって・・・程遠すぎてピンと来るどころかかすりもしない言葉だ。
「女だと思わないで、つってもムズいかもしれないけど。まーあんまり堅くなるなって」
「・・・ありがとう」
「困ったらなんでも俺に聞いて来い。デートのときに注意することとか」
大和はニヤッと笑って「春、来たな〜」と言ったが、俺には花粉症の季節が来た、と同じようにしか聞こえなかった・・・