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鞠 10

鞠の悲鳴が届かないように、大和は激しく激しく一気にぶつかってくる。

(大和、やめて、お願い・・・怖い・・・!)

もう自分でも何を言っているのか分からなくなるほど、怖かった。
怖くて悲しくて、けれど。

「まり・・・・・まり・・・・」

気かつけば、苦しそうに発せられる自分の名前がずっと耳元に響いていた。
正面からきつく抱きしめられ、どんな表情をしているのか分からない。

・・・・それでも。
大和に、求められている。そのことだけは分かる。

強くて重量感に溢れ、それでいて真っ直ぐすぎる激情。それがただ一心に向かってきているのを感じて。
受け止めたい、と。ただ純粋にそう思えた。
そして。
受け入れたいと思うことで恐怖心がほろほろと、風に触れた砂山のように崩れて取り払われていく。

(・・・もう少ししたら、落ち着く。きっと・・・)

興奮して我を忘れているだけなのだろう。
こんなに乱暴に扱われたことはなかったけれど、きっと、これまでが優しすぎたのだ。
自分に対する彼の想いが変わったわけじゃない。

激しく一方的に思えた行為の片隅で、そう思い至ったときにはもう、痛みはなくなっていた。
代わりに、チリチリ・・・とした小さい快感しかなかったところから、じわじわと大きな快感が溢れ出してきた。

その快感は、身体の表面を愛されるときのものとはまるで違っていた。
体の内部からじわんじわんと侵食されていくような・・・・。
大和が動き、突かれるたびにそれが大きく広がってきて、意識全体を包み込まれていくようで、朦朧となってくる。

声をかけられたときにはもう大きい声を出さないでいるのが精一杯の状態で、 何とか目をこじ開け見上げると、さっきまで怖い顔をしていた大和が熱に浮かされたような顔でこちらを見ている。

大和も、同じ感覚を味わっているのだろうか・・・・?
そんな彼を見ていたら、今まで決していえなかった言葉が素直にするすると唇からこぼれていった。
好きだと囁かれ、自分もそうだと躊躇することなく返し、甘い感覚の中で彼が放出したのだけははっきりと自覚していた。

・・・

終わった後下着をつけてから、ベッドに残された血だらけのバスタオルをめくる。

(きゃ・・・こんなに・・・)

思っていた以上に広がった染み。
慌てて服を着て、洗濯機を借りた。
今なら洗えばまだ間に合うと思う。シミも残らないだろう、とは思うものの自信はなかった。

大和は何度も何度もごめんと謝ってくれたが、鞠はなかなか許さなかった。

(ちゃんと謝るまで許さないって、ミーちゃんもそう言ってたもん)

何度も謝る大和をみながら、少しだけ自分が強くなれたような気がして。
なかなか部屋の時計を見せてくれない大和に隠れこっそり携帯を確認すると、9時45分。

「ヤバイ!もうこんな時間!帰るね」
「え〜・・・気がついちゃった?わかった、送る」

ガッカリした表情。時折、半分くらい本気で鞠に門限を破らせようとするので困る。
大和はそんな顔をしたまま、車のキーをチャラン、と鳴らして手の中に収めた。

「チャリまた明日取りに来れるだろ?迎えにいってもいいけど」
「ううん、自力で取りに行くよ」
「んじゃエンジンかけてくるわ、カギかけといて」
「わかった」

部屋のカギだけを鞠に手渡して、大和は部屋を出て行った。

結局見ることもなかったビデオを取り出して電気を消す。
以前より少しだけきれいになった部屋を、物を踏まないように気をつけて歩いていたのにキュ、と何かを踏んづけた感じがした。
何だろう?と足元を見るとそれはヒカルが貸してあげる、と言ってくれていたマンガだった。

(あれ・・・こんなとこにこんなのあったっけ?)

不思議に思いながら、そのマンガを他の本と同じところに積み部屋を出た。



大和に家まで送ってもらい、なんとか門限ジャストに家に帰ることが出来た。

「早くお風呂入っちゃいなさい」

せっつかれるように母親に言われ、つい先ほどまで彼に触れられていた熱い体を丁寧に洗った。
流れる湯が、身体についた泡と一緒に鞠の中の興奮も持ち去っていく。
ふぅ、と一息ついたところで、もしかしたら・・・、と思う。

(もしかして、ヒカルくん戻ってきてたの?)

部屋に入ったとき、あのマンガはなかったような気がする。
第一あの部屋にあったんなら、あのときに貸してくれていたはず。
もしかしたら、鞠に貸すつもりでわざわざ持って戻ってきてくれたのかもしれない。

(聞かれちゃったんだ・・・。してるの、分かったから黙って帰っちゃったんだ)

泡を含んだスポンジをギュ・・・と握りしめる。

(やだ・・・どうしよう、次会った時もう顔見て話せないよ)



次の週。
店長がふいに「今週土曜休むか?珍しく人足りてるし、たまにはいいよ」と言って休みをくれた。

(何、しようかな・・・大和、時間空いてるかな?)

けれど、このところ大和には無理ばっかりさせている。
ここでまた学校をサボらせてしまうのは悪い。

そう思って大和には言わずに、ミーちゃんに連絡をとってみることにした。
あれからメールはよく交換していたのだが、まだ二人で遊びに行ったことがなかったからだ。

電話してみる、と明るい声で鞠からの誘いを喜んでくれた。

「土曜?昼間なら空いてるよ〜♪んじゃお買い物いこ!」

とミーちゃんの家のそばの大きいショッピングセンターに行くことになった。




土曜日、何を着ていこうか少し考えた。
女の子の友達と出かけるなんてことはもう何年もなくて、大和といるときとはまた違ったところで気持ちが弾む。

結局、前がカシュクール風でサイドがリボンのように結べるグレーのカットソーに白のインナーを着て。
二十歳のお祝いにと叔父からもらった、スワロフスキーのネックレスをポイントにした。
少し伸びて肩につくようになった髪の毛を、アップにしてトップ部分でおだんごを作る。

ボトムは、濃い目のスキニーデニム。
これに、休みの日しか履かない黒のエナメルちっくなバレエシュースを合わせることにする。
化粧は、透明のマスカラと淡いピンクのグロスだけ。大き目の鏡の前でちょっと首を傾げてみる。

(ちょっと、おとなっぽすぎる?でも別にいいよね。ミーちゃんも大人っぽいもん)

ミーちゃんが車で迎えに来てくれた。
車に乗るときだけかけるという赤いふちの眼鏡が、相変わらずの派手な服装とミスマッチなような合っているような不思議な感じ。
白いファーで飾られた車内はまるで部屋のよう。

その部屋の中でミーちゃんが白いファーがくるりと縁取られているハンドルを軽く叩きながら

「あたし、おなかすいたぁ〜〜!」
と叫ぶのでとにかくご飯食べようか、と近くのファミレスでランチをした。

二人でサラダを分け合いパスタを食べながら、ヒカルに声を聞かれてしまったかもしれないことをそっとミーちゃんに話してみた。
「どうしたらいいと思う?」
という鞠の質問にミーちゃんは、う〜ん、とスプーンをくわえたまま唸って言った。

「でもさ、その人だってそれ聞こうと思って帰ってきたわけじゃないんでしょ?」

悪気はなかったわけだし、仕方なくない?
そんな風に言われてちょっと困惑する。

「それはそうなんだけど・・・。次どんな顔して会ったらいいのかなって、思って」
「そんなに会うチャンスあるの?」
「大和と一緒に住んでる人だし、仲いいから・・・」
「そっかぁ・・・。うーん」

どう言ったらいいかなぁ〜、と呟きながらスプーンの背で唇を軽くトントン叩く仕草。

「でもさぁ」
「うん」

少しだけ悩んだあと、「ちょい待ってね」とオムライスを一口頬張ってもぐもぐ。
それからマリのほうを見てニッコリと微笑んだ。

「その人にとってはきっと事故みたいなもんでさぁ、多分次に会っても知らんぷりしてると思うよ?
 だからマリちゃんも知らんぷりしておけばいいんだよー」

彼だって聞こうと思って聞いたわけじゃないのだから、鞠が焦ってヘンな態度をするほうが返っておかしくなるかもしれない。
と、ミーちゃんは言う。
確かに、そうかもしれない。

「・・・できる、かな?」
「がんばれ!マリちゃんはやれば出来る子!」
「うん・・・」

けれど、恥ずかしさで縮こまる思いは消えてはくれない・・・知らんぷりって、どうすればいいんだろう?
ミーちゃんはそんな気持ちを察したのか、慰めるように鞠の頭を撫でてくれた。

「大丈夫だって!だってホントに聞かれたかどうかも確かめようないんだし? わかんないじゃん、ホントのとこはさ。
 マンガだって元々あったのを忘れてただけかもしんないよ?」
「うん、そうだ、よね」
「どっちにしてもきっとその人、ビックリするくらいフツ〜〜〜の顔してマリちゃんと話すと思うなぁ」
「そうかなぁ・・・」
「大和くんの友達でしょ?きっと気使って何もなかったことにしてくれると思うよ〜」
「うん・・・。ありがとう。話したら気持ち落ち着いた」
「こんなんでよければ全然OK♪と、こ、ろ、でぇ・・・」

ミーちゃんはニンマリ笑って、私のわき腹をつついてきた。

「大和くん、上手?」
「え・・・えっちのこと?うん、たぶん・・・」

お昼時のファミレスは人が多くて、隣の人に聞こえないようにこそこそ、と話すと ミーちゃんは「も〜、だいじょーぶだってこれくらい!」とケラケラ笑った。
・・・でも、恥ずかしいよやっぱり。

「ラブラブだね〜♪ なんかマリちゃん、最初に会ったときよりキレイになってるんだもん。
 いいなぁ、最初がそういう人だといいよね〜、そんなに痛いの続かなくてすんだでしょ?」
「どうだろう・・・痛いのはすごく痛かったけど、もう大丈夫みたい」
「ほら、やっぱりぃ!あたしもっとキツいの長かったよ〜? もうさ、あんなのよっぽど相手好きじゃなきゃ耐えらんないよね〜」
「うん、無理・・・もう死んじゃうかも、って思っちゃった」
「あたし、最初あんまり痛くってさ、相手のこと足で蹴り飛ばしちゃったんだよぉ!
 そしたらその人、壁にドーン!頭ぶつけてさぁ。怒ってたなぁ〜」
「あははは!!」



その後ショッピングセンターでミーちゃんとあぁだこぅだ言いながら洋服を選びあった。
ミーちゃんは「マリちゃんは冒険が足りない!」と言ってギャル系の洋服ばかりオススメしてくれるのでおかしくて笑ってしまう。

「えぇ〜、ミニスカもはかないのぉ? じゃあこういうのはぁ?」

そういってミーちゃんがだいぶ譲歩してすすめてくれたのは、シンプルな白い丸首のニットワンピース。
胸の下あたりにリボンが結べるようにしてあって、丈はお尻より少し長め。
ミーちゃんは

「レギンスはいて着たらいいんじゃない?」

と。

「可愛い!」
「でしょ〜?こういうシンプルなの、マリちゃん似合いそ〜。これ決まり!」

裾にリボンのついたレギンスと一緒にそのワンピースを買った。
(いつ着ようかな・・・)

次はミーちゃんのお気に入りのカフェに連れて行ってもらった。
その店自慢という美味しいベイクドチーズケーキを食べていると携帯が鳴り、誰かと思ったら大和からだった。

「もしも〜し?今日休みだろ?俺以外のどなたと遊んでらっしゃるのかな?」

(あれ、なんでお休みって知ってるのかな・・・バイトのシフト見たのかな)

「あ・・・。今、ミーちゃんとお茶してるの」
「ミーちゃん?あぁ、あの海で会った子か?へぇ、元気にしてんの?」
「うん、さっきまで洋服一緒に選んでて、いろいろ見てもらってたんだ」
「へ〜。ところで今、俺バイト先にいるんですけど?」

思わず携帯の時計を確認した。 あと何分かで4時をまわるところで、いつもだったら学校にいる時間のはず。

「えっ、なんで?」
「友達が昼間っからエロビデオ借りたいっていうからきたんだ。ま、俺はただシフト確認しよーと思ってきたんだけど。
 そしたら鞠は休みって言われるからさ、浮気でもされてんのかと思った」

ちょっと怒ったような声。
浮気なんてもちろんしてなかったけれど、黙ってたことは何だか心苦しかったのでマリは素直に謝った。

「・・・ごめんなさい。だって大和に無理してほしくなくて」
「あのねー、俺は無理したくてしてんの! だから黙ってんのとかナシ。俺、不安で脳みそ狂うかと思ったわ」
「ごめん・・・」

マリが何度も謝っているうちに許してくれる気になったのか、大和は多少落ち込んだ空気をパッと切り替えてくれた。

「ま、ミーちゃんとっていうのならいいけどねー。そうだ、今からミーちゃんも連れてこっち来いよ」
「え?」
「ヒカルもいるんだ。みんなで遊べばいいじゃん」
「えっと、ちょっと待って、聞いてみる」

電話中だからか、黙ってカプチーノを飲んでいたミーちゃんに

「ミーちゃん、大和が友達つれてて、今から一緒に遊ばないか?って言うんだけど・・・」

と聞いてみる。
するとミーちゃんはマリから携帯を奪い取り、なに?とマリが行動を確かめる間もなく

「ん〜?友達イケメン?だったらいいよ〜」

直接大和にそう話しだした。
大和と「久しぶりぃ〜」と2,3言言葉を交わし、

「―― あははは!大和くんマジウケる〜。悪いんだけど5時からバイトなんだよねぇ。
 また今度ってことで。――― バイト?焼き鳥屋だよ〜。
 ほら、大和くんの学校の近くのさ。そうそう、あのデッカイちょうちんぶら下がってるとこ。
 ――― あ、別にいいよー。店は7時からだけどそんでいい?わかった、言っとく。・・・うんうん、そこまで送ってあげればいいのね。
 おっけー♪んじゃまた後でねぇ」

と言って電話をピッ、と切った。

「えっ、どうなったの?」
「とりあえず〜、マリちゃんをレンタル屋まで送ってくれって。そんで、さっき言ってたメンバーであたしのバイト先に来るって。」
「そ、そうなんだ・・・話、早いね」
「えー、こんなもんじゃないの? 大和くん相変わらずだね〜。
 友達イケメン?って言ったら『心の目を開いて見てみろ、みんなグッドルッキングガイだ』だって、あはは」
「そうだね」

(なんか、大和らしい・・・)

「んじゃ、そのケーキ食べたら行きますか!」
「あっ・・・」
「どしたの?」
「ミーちゃんどうしよ・・・さっき言ってた、聞かれちゃったかも知れない人、早速会うことになっちゃった・・・」
「マジぃ?! マリちゃん、大丈夫ぅ?」
「うん・・・がんばる」
「普通でいいんだからねぇ、フツーで!」
「うん・・・」

 

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