しすぎた後の、独特の頭痛に耐えながら重い足取りで研究室に戻ると大和が帰ってきていた。
俺は相当変な顔をしていたのかもしれない。怪訝な顔で「お前なんかあったの?」と聞かれたが顔を見ることが出来ず資料を手にとってごまかしていると、
「なんでもない顔じゃねーぞ、言ってみろや、力になるぞ?」
と言われた。
それは、俺が困ったとき、悩んだとき、必ず大和がいうセリフだった。
俺は、全てを打ち明けてしまいたい衝動に駆られ、思わず
「・・・・・・・・・好きな子が、できたんだ」
と漏らしてしまった。
「・・・は?」
大和は突然の俺の告白に戸惑っている。ダメだ・・・言えない。
「でも、その子には彼氏がいるんだ」
「・・・おぅ。それで?奪えないから苦しいってか?」
「いや、いいんだ・・・俺は、その子が幸せなら、それで・・・」
(違うんだ・・・それは、お前の彼女なんだ)
俺は心の中でそう言ってその言葉を心の奥底に、飲み込んだ。
深呼吸し息を整え、目の前の資料をみたら上下が逆だった。
これは、心配されて当然だな・・・。正しい位置に戻して読み始めた。
大和から思いつめるなよ、という言葉が来て
「うん、ありがとう。もう大丈夫だから」
俺は、笑顔で返した。
言わない。この気持ちは絶対に。
大和のいいところを一つ、あげるとするなら。
それは「分けへだてがない」っていうところだと思う。
あからさまにイヤなことを言ってきたり仕掛けてくる奴には猛烈に反発するけど、それ以外はまったく気にしない。
いつもドーナツばっか食べててしかもやたら勧めてくる、ここのゼミ界隈ではすっかり要注意人物になってしまっている木下さんに
「たまにゃドーナツ以外だって食いたいだろあの人も」
と本気で思って軽く持っていってしまえるあたりは懐がでかいというか、親父さん譲りなんじゃないかと思う。
何も考えず、悩まず、相手がどんな人間であっても大和は自分の好意を惜しむことはない。
大学4年間の間に付き合ってた女の子は俺の知る限りどの子もたいがい美人だったり可愛かったりだったけど、かといってそうでない子にまるきり冷たいわけでもない。
オタク系の同級生や購買や食堂のおばちゃん、掃除婦のおばあちゃんにいたるまであいつは何のためらいもなく同じように声をかける。
「よ、今日いつもより美人じゃね?」
とか。
あまりの気さくさにナンパと勘違いされることもままあって(まぁ中にはナンパもあっただろうけど)、真面目な女の子にはビビられてたけど。
大和は今でも校内で働くおばちゃんたちには人気がある。
長年働いている掃除のおばあちゃんにはすれ違いざまによく飴をもらったりしてて「俺ハッカ嫌いなんだけどなぁ〜」とか言いつつなめている。
そして結局木下さんから大量のドーナツをもらってしまった大和はブツブツ「やらなきゃよかった」と言いながらも、
朝飯にでもするか、と言って持って帰っていった。
捨てたってきっと誰も責めないし、かえって楽かもしれないのにそういうことは決してしない。
俺は、そんな大和を裏切れない、そう思った。
このままでいたい、幸せそうな大和と仲山さんの関係を崩したくない。もちろん、俺と大和の関係も。
次の週の土曜日、隣のゼミの篠塚が部屋にやってきて
「24(トウェンティーフォー)の新作、お前バイトしてるとこにまだあるか?」
と大和に聞いてきた。
「あぁ・・・昨日の夜はあったような気がする。今日は分かんないぞ」
「マジで?!お前車持ってたよな?ちょっと連れてってくれよ!すっげー見たくてさ」
篠塚は映画や海外ドラマがすごく好きで、俺がバイトしていたときにもこうやって新作の情報を聞きに来ていた。
その流れで大和にも声をかけてみたらしい。
「ん〜、じゃあ今からサボるか?ヒカルも来いよ、店長が顔見たいって騒いでたぞ」
「う〜ん・・・じゃあ、そうする」
ということで、3人でバイト先に向かった。
久しぶりの店は懐かしくて社員さんや店長と最近どの焼酎が熱いか、なんて話し込んでいると
シフトの確認から戻ってきた大和が、少し怪訝な顔で
「今日仲山さん・・・は休みっすか?」
と店長に聞いてきた。
俺もそれが少し気になっていた。
休憩してるのだろう、顔合わせなくてすむしちょうどよかった・・・と思っていたんだけど。
「あれ?お前知らないの?今日人足りてるから休みあげたんだよ。伊藤といるとばっかり思ったけど・・・」
「マジっすか?!聞いてない・・・」
みるみる顔色が悪くなる大和。
それを見た店長は世にもうれしそうな顔をして
「あ〜、そろそろ付き合って3ヶ月くらい?倦怠期だよなー。違う男と遊んでたりしてなー。ひひ」
「マジかよウソだろ・・・」
途端、走って店の外に飛び出していった大和。多分、電話をかけにいったのだろう。
俺は大和が去っていくのを世にもうれしそうな顔をしてニヤニヤ笑ってみている店長に言った。
「店長・・・大和からかうのやめてくださいよ。そうでなくてもヤキモチやいて大変なんですから」
「あいつそんなに妬くの?」
「だって、俺が仲山さんとしゃべってただけで機嫌悪くなってましたから」
「あははは!そりゃいいや。もっと遊ぼうっと。楽しみ増えたな〜」
「いやいや、仲山さんが可哀想ですから」
「あいつ自分のヤキモチで女責めるの?サイテーだなおい。余計いじめてやりたい・・・」
今度は怒りだした店長を何とかおさめていると、彼女の所在を確認して落ち着いたのか、笑顔の大和が店内に戻ってきて
「おい、夜から焼き鳥食いに行くぞ!ミーちゃんとこ、行くぞ!」
と言ってきた。
「はっ?ミーちゃんって誰?」
「いいからいいから。お〜い、篠塚も来いよ。あと鞠もいるから」
「あ・・・うん」
俺は何がなんだか分からないままに焼き鳥屋へ行く約束をさせられた。
「さて、鞠がここに送られてくる前にお前らを研究室に戻したいんだけど、いいか?」
「構わないよ、24も借りれたし。あ、コンビニ寄ってくれないか?タバコ切れてるんだ」
篠塚がそう言ったので先にコンビニに寄ってから、俺と篠塚は大学へ戻った。
大和は店に7時半に待ち合わせな、と言ってまたレンタルショップに戻っていった。
(仲山さんもいるのか・・・)
戻る途中に篠塚が「伊藤の彼女ってやっぱ可愛いの?」と何度か聞いてきたけれど、俺はそれに答える余裕もなく考え込んでしまった。
けれど、昨日の今日だ。
顔を出さないと怪しまれるかもしれない。
(・・・・行くか)