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輝 15

ヒカルは鞠と別れ、重い足取りで大学に戻った。
きっと理由があるに違いない。
そう言ったのはヒカル自身なのに、相反する気持ちがあることもまた事実だった。

(あいつ、何やってんだよ・・・)

大学に戻り、研究発表がもう始まっている会場へそっと滑り込んだ。

開いている席に座ると、斜め前に大和がいた。

「大和」

呼びかけると、ゆっくりと振り向く。その表情には、怒りが少しにじんでいる。

「…後で話そうぜ」

それだけ言って大和はまた前に向きなおった。



「一体どういうこと?」
「んなもんこっちも聞きたい。なんでお前と鞠が一緒にいたわけ?」
「たまたま、電話したんだ。俺、午前で発表全部終わったし・・・告白、しようと思って」
「じゃあ、お前は知らなかったのか?」
「何を?」

大和は、夕方になり人気のなくなった中庭の枯れ木を眺めながら、ふっと短くため息をついた。

「まだ聞いてもねぇんだな・・・。子供ができたこと」
「…子供?」
「鞠ん中に、俺の子供がいる。3ヶ月だって」

空気が、止まった。そんな感じだった。

「えっ・・・と。本当に?」
「こんなとこで嘘なんか言うかよ。あいつが言ったんだ、子供ができたって。
 だからとりあえず会って話そうって、昼正門の前で待ち合わせしてたんだ。そしたら・・・五十嵐が来て」
「・・・」

動揺し何と言っていいか判らず黙り込んでしまったヒカルに、話し続ける大和。
(子供、って。マジか…)

「篠塚とヨリ戻したいけど、どうしても吹っ切れないから最後にここでキスしてくれないかって」
「…断らなかったの?」

動揺しつつも、そう問いかける。
大和は苦々しい表情を、いっそう険しくさせた。

「断ったわ!!当たり前だろ!」
「…」
「・・・けど、あいつだって」
「…うん」
「五十嵐だって、苦しいだろ。そう思ったから。だから、仕方なく・・・」

顔を背け、少し途切れるように話す大和は、彼らしくなかった。

「鞠ちゃんが見てることは、予想してなかったの?」
「するかよそんなもん・・・。してたら最初っからやらねぇよ」

大和は眉間にシワをよせ、タバコに火をつけくわえた。
がしかしすぐに「あぁ〜〜!!不味い!!」と言ってコンクリの庭に投げ出し、足でこすって火をもみ消した。

「鞠ちゃん、相当ショック受けてたよ」
「・・・わ〜ってる」
「俺に助けてって、言ったんだ。電話で、ただ助けて、って」
「・・・」
「体は大丈夫なのかな? あの後も自転車で帰っていったし・・・知ってたらそんなことさせなかったのに」

頭の中が鞠の心配だけになってきていたヒカルをさえぎるように。 「なんで、お前なんだろうな」
不機嫌に苛ついたまま、独り言のような調子。

「・・・え?」
「なんでお前なんだ?別にミーちゃんでもよかっただろ?なんで・・・」
「それは、たまたま・・・」
「たまたまでも何でもだよ!なんで・・・お前に助けを求めるんだよあいつは!俺の気持ち、分かってねーのかよ!」
「分かってたとしても、鞠ちゃんに相手を選ぶ余裕はなかったと、思う」

あの時の彼女にそんな判断は出来なかっただろう。
不安の頂点にいたときに、たまたま電話したのが俺だった。それだけだ。
(何を、そんな分かりきったことでまで嫉妬しなくてもいいだろ…子供すぎる)

「―――冷静だな。なんなんだお前は。俺らを応援してるのか別れさせたいのかどっちなんだ」

そこにあるのは、どす暗い瞳だった。
怒っているような、自棄になっているような。

「大和・・・落ち着けよ」
「五十嵐とのキスくらい、どーってことねぇよ。気持ちも何んも入ってねぇし」
「・・・」
「ハンコみたいなもんだ、あんなもん。けどな、鞠にとっては違うし俺は鞠に対してそんな風にしたことは一度もねぇ!」

大和は勢いよく足元のタバコの吸殻や枯れ草を蹴散らした。
ザッ!と周囲にタバコの葉の香りが散った。

「さっき、言い訳もろくにできなかった。もし夜電話してもあいつが出なかったらどうする?あいつを・・・失ったら。
 俺はあいつを失ったら、どうしたらいいんだよ」

それは、ヒカルに向けられてもどうしようもない感情だった。
「…それは、ないよ。鞠ちゃんはそんな子じゃないよ」そう言うのが精一杯だった。

「うるせぇ!お前に何が言える??すき間にスルスル入り込んできやがって!欲しいなら欲しいと堂々と言えばいいだろ!」
「・・・・・・欲しいよ」
「なんで言わねぇんだ!」
「鞠ちゃんが大和しか見てないからだ!」

相手の感情に引っ張られ、自分の声が大きくなる。
まるで他人の声みたいに脳内に響いた。
大和はくそっ・・・とつぶやいた。頭を落とし、拳を握り締めている。

(お前が守らなきゃいけないものはすぐそこにあるのに、そんなことで苛ついててどうするんだよ)

「…ヒカル、お前のこと殴りそうになる。あっちへ行ってくれ」
「殴りたかったらそうしたらいいよ。だけどこれだけは聞いて」

(頼む。彼女を守ってやってくれよ。それがお前のするべき事だろ?)

「俺はすき間に入り込んでいるつもりはない。この問題が落ち着いたら、俺は鞠ちゃんに自分の気持ちを言うよ」
「・・・」
「俺は鞠ちゃんの気持ちも答えも、手に取るように分かる。鞠ちゃんが俺のことを好きだなんて、彼女と接してて一度も感じたことはない。
 確かに俺と気の合うところはあるみたいだけれど、鞠ちゃんは、大和が好きなんだ。多分、今のお前と同じくらいに。
 結婚するんだろ?父親になるんだろ?あの子はお前以外のところへは行かないよ、絶対に。信じろよ」

大和は頭を抱えたまま「・・・いいから、行けよもう」とだけ言った。
そんなこと分かってる、とでも言いたげだった。



その日大和は部屋には戻ってこなかった。
大和の発表は明日なので、準備に追われているはずだった。
手伝う約束をしていたが、もうそんなことはできないだろう。俺は顔を出すことも出来ない。
そして明日、大和に会ってどんな顔をしたらいいのかヒカルは分からなかった。

『俺はあいつを失ったらどうしたらいいんだ・・・』

いつもは強気で前向きで負けず嫌いな大和の本当の「弱音」に初めて接した気がした。
それだけ、大和が彼女に対して強い気持ちを持っているということを、どれだけ彼女を欲しているのかを目の当たりにして、罪悪感のようなものを感じていた。
その気持ちの強さだけでもヒカルには到底かなわない。

(それでも、彼女が泣くのはもう見たくない)

守ってやれるものなら、そうしたい。
俺は、俺なりのやり方で、守ってやりたい。

それがどんな方法かも分からない。
もしかしたらそれが、大和のいう「すき間に入り込む」ということだとしても・・・

(守りたい。泣かせたくないんだ)
 

 

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