駅のホームに入って、ちょうど着いたばかりの自宅方向の電車に乗り、適当に空いている席に座る。
横に座ってきた透真のおしゃべりを半分以上聞き流しながら、窓の外を眺める。
自宅から最寄の駅に到着したのは20分後。
相変わらずあぁだこうだと今日あったことを報告してくる透真に、私は言った。
「ねぇ透真、夕日がすごいキレイ」
「あ、ほんとだー」
「写メ撮ろうかな。透真も欲しい?」
「うん、欲しい」
今だ。
カバンから携帯を取り出して、1枚はオレンジと朱色が混じったようなたなびく雲と太陽を撮影する。
・・・パシャッ。独特の撮影音が聞こえる。
「透真」
「ん?」
振り向きざまにもう1枚。
・・・パシャッ。
「あ゛〜〜〜っ!!!てめえっ、だましたなっ!!!」
すぐに気がついて私の携帯を奪い取ろうとする透真の手を逃れて、即保存。
確かめてはいないけど、まぁまぁいい顔で撮れてたんじゃないかしら。
夕日をバックにした、優しい顔の透真。逆光だったけどそれくらい許してもらおうっと。
「これでよしっ!こらっ手を離せっ!」
「やだよーっ!!消せよぉー!!」
「ダメっ。後輩からしつこく頼まれたのよ。透真、いい加減諦めなさい。それともあたしに逆らう気?」
「・・・・・・う〜〜〜〜っ・・・」
後輩には「無理かも」と言ったけど、透真は私には逆らえないのよね。実際。
忠犬のようにぐったりとその場にへたりこんだ透真には悪い気もするけど、私の快適な学校生活のためには致し方ないのよ。
「俺、ホントに写真嫌いなのにぃ・・・・それ、どーするの?」
「後輩にあげるの」
「その後だよ」
「その後?ん〜、聡真さんの写メ撮って、フォルダがいっぱいになったら削除かな?」
「・・・ひでぇ」
恨めしそうな上目遣い。ホントに犬みたいだ。
「いい加減あんたのことであぁだこーだ言われるのも限界なの、こっちは。
この写メバラまいて、あんたとあたしが純っ粋!な幼なじみだってことを証明すんの」
「・・・・・やだ」
「は?」
「郁がそれでよくても、俺はやだ」
すっくと立ち上がった透真。
夕日を背にしてるから、こちらの顔に影が差していつもよりでっかく感じる。
「携帯、貸せよ」
「・・・いや」
「貸せってば」
持っていた携帯に手が伸びてきて慌ててそれをはねのけると、身体に腕が絡みついてきた。
反射的にそこから逃げようとして身体を反転させるけど間に合わなくて。
背後からぐっと透真が抱きしめてくる。
「離してよっ」
もがいてももがいても透真の腕の力が強すぎて抜け出せない。
熱くて縛り付けられてるみたいに力強い腕。耳元に透真の息がかかる。
「やだぁ、離してっ」
「いやだね」
「離してったら!」
「・・・郁が」
顔が見えなくて声しか聞こえない、というこの状況がいけないのだろう。
耳がいつもより敏感に透真の声に反応する。
腕の力からは想像もつかないほど、切なげで弱々しい声にわけもなく胸が高鳴る。
「郁が、待ち受けにしてくれるんなら・・・誰かにあげてもいいよ」
「・・・な、なに言ってんのよ。そんなのするわけないじゃないっっ」
「じゃあ携帯よこせよ。削除するから」
「だめだってばっ」
「んじゃ・・・もう離さない」
透真のどこにそんな力があったんだろう。さらにきつく抱きしめられる。
今まで感じることがなかった"男"を透真に感じて、怖くなってくる。
「やぁだぁ・・・離して、よ・・・」
力が敵わないのが悔しい。だから、涙が出てくるんだ。
・・・・怖いからじゃ、ないもん。
心の中だけでしか強がれない自分がさらに悔しくなる。
「郁。・・・兄ちゃん、結婚するんだぞ」
「・・・・・・え」
「この間、彼女って人が挨拶に来てた。来年の今頃には、式あげるんだってさ」
「うそ・・・」
「嘘じゃねぇよ」
「彼女なんかいないもん。聡真さん、彼女いないって言ってたもん!」
急に緩んだ腕を振り切って透真を睨みつけると、透真は切なそうに私を見ていた。
「兄ちゃん、郁の気持ち知ってるから言わなかっただけだよ。もうずっと、長く付き合ってる彼女いたんだよ」
「・・・・・」
「諦めろよ、郁」
「やだ・・・・」
涙がぼろぼろと頬を伝う。
格好悪い。けど、止まらない。
「透真のばかっ!何で、何で言っちゃうのよっ」
「・・・え?」
「知ってたもん!彼女いること知ってたもん!
何で言っちゃうの?言わなかったら、聡真さんのとこずっと遊びにいけたのに!」
そう。
知ってた。
聡真さんは隠してたつもりかもしれないけど、私は知ってた。
本棚に、女の人しか読まないような雑誌があったり。
洗面所にいつも同じタイプのピンクのハブラシがあったり。
いつも笑って突然の訪問を受け入れてくれる聡真さんが、時々困ったような声で私を断るとき。
・・・彼女がいるんだって、叶わない恋だって、分かってた。
それでも会いたかったから、気がつかないふりをしてた。
気がついてしまえば、もう会えなくなるから。
「お前」
「・・・・なによ?」
「知って、たの?」
あっけにとられた透真の顔。マヌケな顔。
いっそこんな顔を写メしてやりたい。後輩たちはどんな顔をするのだろう。
「女をナメないでよ。そんなのすぐ分かっちゃうんだから」
「・・・こえー。やっぱ郁、すげぇな」
「何がすごいのよ!分かりたくなかったわよ、こんなのっ」
「うん、やっぱ郁はすごい!なぁ、郁」
「なによっ?」
「俺の彼女になってよ」
「はぁぁぁっ???」
ニコニコと、微笑んだまま透真は私の手を取った。
「俺、郁のこと大好き!今の聞いてますます好きになったし、ね、彼女になってよ」
「いやっ!」
「じゃ、お試し期間もうける?」
「もうけないっ」
「じゃあ・・・もらっちゃおっかな」
なにをっ??って聞く前にグイッと引き寄せられたうなじ。
無防備だった唇に、生暖かい感触が押し付けられる。
「・・・!!!んっ・・・、離してっ」
「やだね。俺だっていい加減、我慢の限界なんだよ。なぁ郁、俺にしとけよ。俺のこと・・・男だって認めろよ」
再び引き寄せられて、今度は正面から抱き寄せられた。
透真の汗の匂いがする。
・・・・どきまぎ、した。
知らず知らず頬が熱くなるのがわかる。
「郁、照れてるだろ今?」
「・・・照れてないっ」
「ウソだね。首の後ろまで真っ赤だぞ」
「うそっ」
「ウソ」
「・・・・・信じらんない。人のファーストキスまで奪っておいてっ」
「じゃあ、2回目も俺でいい?」
「・・・!!」
鏡がなくても自分が目を剥いたのが分かるくらい、ぎょっとした。
・・・こいつはっ、平気な顔でなんてことを・・・。なんでそんな平気な風に笑ってられるのよっ。
「責任取るよ。彼氏になる」
「・・・彼氏なんてイヤ」
「んじゃあどーすればいいのさ?」
「下僕」
一瞬ぽかん、とした透真はすぐに吹き出した。
「いーよ、それで。今に成り上がってやるから」
「何でそこで折れないのよ、あんたは」
「だって郁のそばにいれんでしょ?だったらそんでいーもん」
そう言って無邪気に笑う透真は、やっぱり昔と同じガキんちょのまんまなのに。
それなのにその笑顔に若干、ドキリとときめいてしまったのは。
「・・・聡真さんに似てるからよっ」
そう。絶対に、そうなんだから。
「何が?」
「認めないもん」
「だから何がだよ?独り言ならもっとトーン押さえろよ」
「だーかーらっ」
こんな犬みたいにしつこく付きまとってきて、従順なふりして、そうかと思えばすっごいイジワルで。
「だから?」
透真が好きだなんて、絶対に認めてやらない。
「ほらっ下僕っ、ついてきなさいよっ!ケーキ食べにいこっ」
「はあっ??なんだよ急に」
「なんだじゃないわよ、あたしはたった今失恋したのよ?やけ食いするんだから、ついてきてっ」
「あー、はいはい。どこまでもついていきますよ、お姫様」
「よろしい」
いつか、下僕が王子様になってしまっても。
あたしは絶対に、好きだなんて言ってやらないんだから。
「覚悟しててよね」
「ん」
なんにも言ってないのに、透真が笑って頷いた。
だから、だから、透真なんて・・・・・絶対に好きになって、やらないっ。
やけになってカバンを振り回しながらズンズン歩く私を、透真は嬉しそうに見つめながら横を歩く。
「で、さっきの写メの件なんですけど、お姫様」
「下僕は口出し無用」
「・・・ちぇ」
背を伸ばして、スネたように口を尖らす透真の耳元に囁いた。
――・・・待ち受けにして欲しかったら、今日のケーキ代は透真のおごりね?
※ このお話は見てるだけで幸せと繋がっています。
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