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鞠 8

料理本を手に持ち、夕食後の洗い物をしていた母の背中に話しかけた。

「今度の休みは、お弁当を作って海に行ってくる」

母は驚いたように振り返ってきた。見開いた目に全てを見透かされそうで、思わず俯く。

「・・・誰と?」
「えっと、バイト先の、友達」

とぎれとぎれに答える。
母はふ〜〜ん、と言い「ちょうどいいわ、話があったの」と鞠を呼び寄せた。
素直に近寄ると、母は洗い物を終えた手をエプロンで拭きふぅ、と軽く息を吐いた。

「実はね、この間お父さんとも話してたんだけどね。鞠ももう大人だしあんまり干渉するのはやめようか、ってことになったのよ」

(え・・・)

マリの家は、昔から厳しい。
女の子なんだから、と家の門限も10時と決められているし、他にも細々と大差ないように思える小さなことを注意される。
表面上言うことを聞いている鞠も、時々その厳しさや口うるささに嫌気がさしていたところだった。

「高校行きたくない、って言われたときはビックリしたし反対したけど、叔父さんに紹介してもらったバイト頑張ってるしね。
 もうそれでもいいんじゃないか、本人が頑張ってるならってお父さんが言って」
「お父さんが・・・」

普段は口数の少ない、それでも子供に対する注意だけは母親づてにしてくる父親がまさかそんなことを言うなんて。
鞠にとってはかなり予想外だ。

「だからあのお店でずっと働く気持があるなら、いつまでもバイトじゃなくて社員にしてもらってもいいと思うの」
「・・・うん」
「鞠にそういう気持がないんなら、それはまた違う道を選んで決めてくれればいいことなんだけどね。
 もう大人になったんだからフラフラしてないで、そろそろ自分で自分の道決めなさいね」

"もういい加減、大人と認めて欲しい"

そう言いたいと思っていた矢先にポンと突き放されて、鞠はどこか心もとない気持ちになった。
まるで言い訳のようにもごもごと「分かったよ。それは、この間からずっと思ってたし・・・」と口にするしかできない。

「そこで・・・」

それを聞いているのかいないのか母はポン、と鞠の両肩に手を置いた。
にっこりと微笑む目じりにかすかに皺が寄っている。

「言いなさい。彼氏出来たんでしょ〜?」
「う、ううん、違うよ!彼氏とかじゃないもんっ」

ふいの攻撃に鞠は真っ赤になった。

細かく注意をしてくる父親と違い意外と考え方はざっくりしている母は、どことなく姉に似ている。
鞠の7歳上の姉は既に結婚して家を出ているが、時々帰ってきて母親とあーでもないこうでもないと話す姿は親子と言うよりは女友達のようだ。

「うそ〜、じゃあなんでお弁当なんか作っていくの?」
「お母さん!干渉しないんじゃなかったの?」

むふふ、と笑って肩をすくめるところも、母と姉はそっくりだ。

「これは、干渉じゃありません。母から娘への忠告です!」
「忠告?」
「あのね、鞠はお姉ちゃんと違って男の子に臆病だったから、あんまりこういう話はしてこなかったけど・・・自分の体は大切にするのよ?」

口元は微笑んだまま、真剣な眼差しになった母。

「体・・・?」
「そう、女の子なのよ。ちょっとのことでお母さんになっちゃう体なの。わかるでしょ?」
「・・・」

(あ・・・、ソウイウ、こと)

母からこんな話をされると思っていなかった。
思いきり気恥ずかしくなってくる。
それでも話の内容はただからかうようなものではないのは、分かる。

「だからってね、別にこのご時勢だもの。お姉ちゃんだってお腹の中に惣ちゃんが出来てポーン!と結婚しちゃったし今さらするな〜!とはいいません」
「・・・うん」
「でもちゃんと避妊してもらってね?お願いよ。なるべく、そんなことで傷ついて帰ってくる鞠は見たくないの」

(そんなすぐに、そんなことにはならないと思うけど・・・それに、大和くんは彼氏じゃないし・・・)

そう思う反面、母が自分を思って語ってくれていることは充分に伝わってきた。

「・・・うん、気をつけるね」

恥ずかしさを堪えようやくそれだけ答えると、母はホッとした表情を浮かべた。

「お母さん、孫は惣ちゃんだけで今は手一杯だからね?」

笑ってそう言うと鞠の肩から手を外した。
鞠もようやく笑顔を作る。

「お弁当、どんなの持ってくの?考えてあるの?」
「あ・・・うん」

鞠は、昔姉が使っていた部屋から探してきた料理の本を差し出した。

「この本のね、インゲンと人参の肉巻きっていうのと・・・」
「あら〜、懐かしい。お姉ちゃんもこれ作ってたよ〜。姉妹ってそういうのも似るのかしらね」

母と子は肩を寄せ合い、お弁当の中身を相談しあった。

「え〜、ピーマン嫌い?小学生みたいな子ねぇ〜。でもそれ以外は大丈夫なのね?じゃあねぇ・・・」




火曜日・快晴。

頑張って6時に起き、母に手伝ってもらいながらも何とかお弁当を仕上げることが出来た。
父親はそれを横目で見ながら行ってきます、とどことなく所在なさそうに肩をすぼめ仕事に出かけていった。

8時ごろ、今日もしこたま暑くなりそうな予感のするギラギラした太陽を部屋の窓越しに見上げていると。

「教えてもらった近所のコンビニまで来てっからそこまで出てこれる?」

というメール。慌てて家を飛び出した。



「携帯直ったんだね」
「おう!データも消えてなかったし、ほぼ元通り!」
「すごいなぁ、ホントに直るんだ」
「ね。またドーナツ一個もらっちゃったけどそれくらい安いもんだな、こうなると」
「あはは」

大和くんは好奇心いっぱい、といった表情でお弁当が入った後部座席のクーラーボックスを見やった。

「弁当、自分で作った?」
「うん、手伝ってもらったけど、半分以上は作ったよ」
「がんばったねー!そりゃ〜昼が楽しみだ。胃薬いりそう?」
「ううん、大丈夫そう」
「あれ、自信あり?なんか、楽しみだね〜」



海岸はちらほらサーファーたちが集まってきていて、すでに海に泳ぎだし波を待っている人も多かった。

「これからもうちょっと混むんだよな〜早めに場所確保しとかなきゃだな」

大和くんはそう言いながら、慣れた動作で車のハッチバックをあけそのままそこで着替え始めた。
鞠がいるのも構わずにどんどん脱いでいくので面食らってしまう。

(きゃ〜っ、どこ見てたらいいのっっ)

「え、えーっと、トイレ、行ってくるね」
「トイレ、逆だよ!あっち側!」

逃げ出そうとしたところで声をかけられて「あ、はい」と振り返ると上半身裸の大和くん。
なるべく、見ないように・・・でもなんでもないように、そそくさとトイレへと逃げた。

(なんかやっぱ・・・恥ずかしいもんなんだな、上だけでも)

いかにも男性らしいガッシリした身体つきだとは思わなかった。
服を着ているときはそんな風に感じなかったけれど・・・サッカーをしていたことがあると言っていたけれど、だからだろうか。

濃い水色のハーフパンツタイプの水着に、色も少し浅黒くて。ここに来るといかにもサーファー。
元々普通にしてても充分に格好良くて、更衣室でバイトの女の子たちが騒いでいるのも知っていたけど。

・・・正直、いつもより何倍も素敵に見える。
でも。
これくらいでドキドキしてたら今日一日一緒にいることもできない。戻らなきゃ。

トイレの鏡に映った自分にそう喝をいれ、彼のいる駐車場へと戻っていった。


駐車場では大和くんが、ビーチパラソルやマットを持って鞠を待っていた。

「とりあえず鞠ちゃんがいるとこを作るから〜」
「あ、は〜い!」

ドギマギしながらも大和に駆け寄り、海岸へと並んで歩き出した。
持ってきたパラソルを立て、シートをひいてクーラーボックスを置いた。
パラソルで日影を作ったものの、実際砂浜からの照り返しは子供の頃感じていたものよりもギラギラと遥かに強い。
立っているだけでジリジリと焦げそうな熱気が伝わってくる。

「実は!」
全てを設置し終えてから、大和くんはシートに座っている鞠の前にしゃがみこみ、眉根を寄せた。

「鞠ちゃんをここにひとり残すのは非常に気がかり!俺が誘っておいていうのも何なんだけども」
「どうして?」
「・・・俺以外のバカな男が鞠ちゃん持ってっちまいそうで」
「えー、大丈夫だよ?」

心配されているのはうれしかったけれど、急にそんな真面目な顔をされるとなんだか逆におかしくなってしまう。

(それに、私に声をかける人なんていないと思うし)

けれど彼はかなり真剣なようだ。

「俺も海から監視はしてるけど、鞠ちゃんもついていかないように!」
「はい」

クスクスと、笑いを堪えながら返事をすると大和くんはちぇ、という顔をしてボードをとりに車に戻った。
そして帰ってくると鞠に車のキーを渡し

「シンドくなったら、エンジンかけて車の中にいていいから」

と言って海へかけだしていった。
知り合いがいたらしく、「お〜久しぶり!」などと言いながらざぶざぶ海に入っていく。
広い背中が、あっという間に波待ちの人の中に紛れた。

(サーフィンってこういうのなんだ)

もっと皆がバンバン波に乗っているものと思っていたけれど、来る波も思ったほど高くない。
ほとんどの人は波待ちばかりで、ボードを抱えプカプカ浮きながら笑って話をしている。

(なんだか気持ち良さそう・・・)

今日はすっごく暑くなりそうだし、余計にそう見えるのかも。
ノド乾いたな・・・。
車に乗る前にコンビニで買ってきたお茶をクーラーボックスから出して飲んだ。


そうして、1時間くらいたってからだろうか、

「ねぇ、あなたも彼氏待ちぃ?」

そう言って声をかけられるまで、鞠は空の青と海の青に見惚れてぼんやりしていた。

声のするほうを見上げると、そこには同い年くらいの茶髪で派手目な女の子が立っていた。
黒いアイラインが何重にもキッチリ入った目、デニムのミニスカートに、網になったニットの下はホルダーネックの水着だけ。
ドピンクのカゴバックを持っていかにもギャル風だ。

「あ、はい・・・。って、彼氏では、ないんですけど」
「やだぁ、なにテレちゃってんの?もしかしてホヤホヤ?」
「あ、いえ。そんなんじゃ・・・」
「あはは!なんかカワイー。あたし"ミーちゃん"。あなたは〜?」
「あ、マリ、ちゃん」

苗字でも名前でもなくあだ名を名乗った彼女につられて名前だけを名乗った。

「マリちゃ〜ん、一緒にいてくれない?いつもは友達カップルと一緒に待ってるんだけどさ、今日は一人で待ってなきゃいけなくてすっごいつまんなくってさぁ」
「あ、うん・・・いいよ?」
「よかったぁ!じゃ、荷物持ってくるしちょっと待ってて!」

そう言って"ミーちゃん"は駆け出し、少しすると荷物や自分の飲み物を持ってペタン、と隣に座った。
そうした後、えへへ、と笑ってみせる。なんだかとても人懐こい子のようだった。
初対面の人にこんなこと頼むなんて、自分にはとてもできないけど・・・。

「ね、マリちゃんってどこの人?」
「えっと・・・○市」
「あ、んじゃあたしと一緒だね〜、あたし☆町、ほらこの間でっかいショッピングセンターが立ったとこ!マリちゃんは?」
「△町、図書館があるとこ」
「あ、そうなんだぁ〜、そこ昔友達すんでたよ〜。今は結婚しちゃったけど。サリナちゃん、知ってる?」
「いや、ごめんね知らないや」

矢継ぎ早に質問してくる。
どうやらこういう状況に慣れているみたいで、間を開けずに質問してくる。

「そうなのぉ?マリちゃんいくつ?」
「二十歳」
「じゃあタメじゃん!成人式した?」
「うん、行かなかったけど着物は着たよ、お姉ちゃんのお古。ミーちゃんは?」
「もー超楽しかったよ成人式!けど着物かわいいけどキッツくてさ〜リバースしそうになっちゃった」

ミーちゃんは"そのときナンパしてきたダッサイ男の話"をしてくれた。
その人に悪いと思いつつテンポのいい話しぶりにつられ、つい声を上げて笑ってしまっていた。

 

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