まだ、俺が中学生くらいのころ。
文章を読む、という動作が苦手だった俺に活字中毒の親父が無理矢理押し付けてきた本。
その中に書いてあったことが、今も忘れられない。
人に会ったら、まず口元を見る。
どんなに人が振り返るような美人でも、きりりと口角が上がり、ほどよく閉まった口元でなければ魅力なく感じられる。
口は心の玄関で、心の豊かさ貧しさが・・・隠し切れないその人の本性が口元に現れる。
ちゃんとした元の文章は俺にはなんだか難すぎて、そんなようなことを言ってるんだなって記憶しかもう残ってないんだけど。
それを読んでから、俺は興味を持ったヤツのまず"口元"を見てしまうことが多くなった。
そしてその文章の言うとおり、可愛いなって女の子はあまたいても、きゅっと締まったキレイな口元の持ち主にはなかなか出会えない。
男もしかり。
読書を趣味にするってことはそれからもなかったけど、親父の布教もまんざらじゃないなと思うほどにそこだけは影響を受けてるんだ。
大学ってのは、どこもまぁまぁ明るくて、開放的な空間だな。
無事浪人することもなく、そこそこの四年制大学に滑り込めたことに感謝しつつ、
とにかくだだっ広く、どこまでが庭でどこまでが入り口なのか皆目見当のつかない"キャンパス"とやらを見渡した。
『ヨット部に入りませんか?』
『新入部員大歓迎☆テニス同好会』
『来たれ若人!空手部!押忍!』
派手な幕や看板が立ち並ぶ間を同じ高校から来たダチとふらふら歩いて、サークルと女の子の品定めをしていた。
「あの子可愛いな」
「え、俺はちょっと・・・隣の子の方がまだタイプかな」
可愛い子がいたらもれなく俺らもそのサークルに入っちゃおうか、なんて気軽な冗談を交えつつ、
どこか浮き足立った気分でこのお祭り騒ぎの中をちょろちょろしていた。
女の子は、男なんでそれなりに好きだと思う。
かわいい子ならなおさら。
見た目が気に入れば躊躇なく声をかけるし、そのままいたすことが出来ればそりゃ文句もない。
俺にとって女の子っていうのは、そういう存在だ。
真面目に付き合ったことがないわけじゃないけど、それよりも気軽な関係のほうが多くなってしまうのが現状だ。
まぁ・・・高校も大学も、何かやりたいことがなければそんなに違いはないだろう。
とりあえず無難に教育学部を選んで、志望や夢を後回しにした俺はそんなことを思う。
けれど親父はそんな俺をつまらなく思うらしい。
『夢は大事だぞ、克彦。なんでもいいんだ、叶わなくたっていいんだ。夢を持て』
息子の俺から見てもロマンティック過多な父親だ。
俺がつまらないというより親父が夢多すぎるんだろう。
最初はそう言い返したけど、後になってどこか強がって言い返している自分に気がついた。
・・・やっぱ、親父というのはいつまでたっても、息子を魅せてくれる特別な存在なんだと思い知らされる。
「あっ、あの子超カワイイな」
「ん、どれ?」
一瞬だけ彷徨っていた思考を元に戻しダチの視線の先を追うと、まずそこには風になびくロングヘアーがあった。
・・・きれーな、髪だな〜。
相当メンテが大変そうな、茶色に透けたロングヘアーの持ち主がこちらの視線に気がついたのか振り返ってくる。
「あ・・・・」
俺は無様なくらい何も言えず、その子を見つめていた。
お祭り騒ぎの中でそこだけ涼やか、すんなりと立つその子は・・・・・・美人の中でも中々にレベルの高い、美人だった。
「な、カワイクね?」
予想以上の可憐な容姿が一瞬にして俺の心をグッと掴んでしまった。
「うん・・・」
「お前何見惚れてんの?」
その美人は、俺らの視線に気がついて振り向いたわけではなくて
ただ単に友達に声をかけられて向いただけだったらしく、
俺らの後ろから走ってきた背の高い女の子に可愛く笑いかけ、親しげにしゃべりながら俺らとは反対の方向へ消えてった。
「あの背の高い女、モデルみてーだな」
俺は背の高い女は嫌いだなー、と身長168cmのダチが呑気にこぼす。
「お前はいんじゃね?背高いし」
「・・・いや、俺も背の高い子はあんまし」
「そうなの?つかさっきの子がいいから言ってるだけじゃねぇの?」
未だ目線を美人が消えた先に合わせている俺をからかうダチ。
からかわれるのは本意じゃなかったので、仕方なく目線をダチに戻し普通の顔を装って返答した。
「小柄が好きなんだ。どっちかっていうと」
「ふーん」
俺自身はあんまり分からないが、俺はよく"飄々としてる"と言われる。
今もけして上手なごまかし方だったとは思えないのにダチはすんなりと俺をからかうのをやめた。
「まぁ確かにさっきの子は可愛かったよな。優しそうで、あったかそ〜でさ。癒し系だな」
「いや・・・・・んなことねぇだろ、あれは」
「そうか?」
珍しく完全否定した俺に、ダチは不満げに顔だけで反論してきたけど。
少なくとも俺は、あんなに引き締まった口元を見たことがない。
きゅっと両側が上がって、いつも微笑んでるみたいに見える口元。
だけど、俺にはそれは意識してきっちりと結んでるように思えた。
"誰にも譲らない。これが私という人間です"
そう言ってるみてぇに見えたんだ。
そして・・・今まで見た中で、彼女の口元は一番美しかった。
山本 春(やまもと はる)。
彼女の名前を知ったのは、それから少したってからのことだった。
※ このお話はプラトニックで5つのお題の大学生のお話と繋がっています。
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