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俺の好きなもの。

まず、第一位はアメフト。

小学校のときから何気に続けてきただけだった柔道では、やたらと図体だけがデカくて意味がないと罵られてきた
アメフトを始めるまでは、無用の長物だったガタイ。

『お前には才能がある』

タックルはしてもされても痛えし、ムサいし臭いし、やってるときはそんなに楽しくないのだけど。
終わった後、1Lペットボトルの冷たい麦茶を浴びるように飲みながら監督にそう言われるのは、サイコーに気分がいい。
だから好きになった。
結局華々しい成績は残せないまま学生生活を終えたけど、今でも社会人チームに入ってみようかと考えてはいる。

第二位は、生まれ育った家の近所にある定食屋の分厚いトンカツ。
ハンパない肉汁がたまんない。
だから好きだ。

第三位はカレー。
オカンが作った、どんだけルー入れたんだ?ってくらいコッテコテのやつ。
あれ食わないとカレー食った気がしない。
俺にとってはスープカレーもカレー鍋も邪道だ。味が薄すぎる。

これが、俺の中の譲れないトップスリー。

そんなアメフトバカ、トンカツカレーバカの俺が運良く就職出来た会社は、通販で注文された品物を梱包して配送する専門の業者。
わりかし儲かっててそれでいて中規模だったのが良かったのか、俺みたいな3流の大学でも最終面接まで残ることが出来た。
そしたら、最終面接のときに現れた社長が俺の図体のデカさに目を留めて

『ガタイのいいのは使える』

とか何とか感心してくれた。
誉められたわけじゃないのは分かったけどまぁ配送業だし、頭使うより力仕事のほうが向いてるかなって自分でも思う。
だから

『お願いします』

って頭を下げた。そしたらゲラゲラ笑われた。まだ採るって言ってねぇって。
でも結局そのやりとりだけで社長にすこぶる気に入られたらしくって採用。

お前がフリーターになんかなったらうちの家は食費だけで破綻する、本当によかったって親は泣いて喜んだ。



・・・



『で、とりあえず君は配送センターに勤務してもらうから』
『はい』

受注する品物は多種多様、衣類から家具からおもちゃからちょっとオイ・・・、なものまで。
一応品物ごとに部門を分けて管理してるけど、梱包するスタッフはその日の荷物の量によって移動する。

例えば衣類が多い日は、そっちにたくさんの人間を配置する。
少ない品物のところには最初から少人数で作業してもらう。
流行の人件費節約術。
その割り振りをつけるのが、これからの俺の仕事らしい。話に聞くだけではそこまで難しい仕事ではなさそうだ。

一人暮らしはしたことないからメシが心配だけど、まぁどうにかなるかな。
結局就職先に馴染めるかよりも、そっちのほうが心配の比重は重かった。
そういえば、今日は歓迎会があるんだったっけ。
とりあえず今夜の夕飯は確保だな。

慣れないジャケット、ただでさえゴツイ胸板の胸ポケットには気の早いことにすでに新品の名刺が入っている。
社長はこういう手配がやけに早いんだそうだ。

『仕事してても、遊んでるような人だよ』

最初意味が分からなかったけど。
実に楽しそうに仕事してるから、だそうだ。

まぁ、どうせやるならそんな風にしてくれてたほうが下にいるこっちからしても働きやすいからいい。
そんなことを慣れない敬語に変換しながらで先輩に言っていたら、歓迎会の店にたどり着いた。
縄の暖簾、格子の引き戸が古風な居酒屋は、会社創立以来のなじみの店なんだそうだ。

カラカラ・・・。

見た目よりも軽く滑りのいい引き戸を開けると、既に5人くらいが座敷の長テーブルの真ん中くらいで固まっていた。
その中の一人に目を留めた先輩が、お、と声を上げる。

「めっずらしー。佐藤ちゃんじゃん」
「諸岡さん。お久しぶりですね」
「何だよなんだよー。俺が誘っても来ないくせにこっちは来るわけ?」
「全員参加なんだから当たり前じゃないですかー。そんな言い方しないでくださいよ」
「そうですよ諸岡さん。未央いじめちゃダメです〜」
「ね〜?」
「ね〜♪」

きゃはははっ。

鈴を転がす、とは正にこのことといった涼やかな二つの笑い声。
先輩のイヤミはかき消されるかのごとく綺麗に掃除された。

「はいはい。もう言いませんよー。君たちに嫌われたらやってけないもん」

俺はその会話に参加することも出来ず、一人の女の人をじっと見つめていた。

肩下まで伸ばされた緩い巻き髪。
真っ黒で長い睫毛。
柔らかそうなピンク色の服を着て、今はつまらなそうに毛先をいじっている。

「おい、神林。突っ立ってないで座れや」
「あ。新人クンだよね。初めまして〜」
「は、じめまして・・・ども、ヨロシクです」
「うっひゃー初々しーっ!ね、未央」

じっと見つめたまま固まってしまった俺に、毛先をいじっていた手を下ろして

「そうだね。はじめまして」

軽く微笑んだ。

・・・・・か。かわいい・・・・っ。

衝撃的な可愛さ。
トップスリー、は呆気なく宇宙の彼方へと吹っ飛んでいく。

「あの、あの俺っ。神林と言います!どうぞよろしくお願いしますっっ」

お辞儀は体を直角に90度。
オカンに習った通りに頭を下げた。

・・・ガツッ!!

「ぶっはっはっはっ!おんまえ何しちゃってんの?!」
「あははははっ!カンバヤシくんナイスキャラ〜♪」

狭い座敷だから、図体のデカイ俺は座敷にも入らず立ったままなのに思いっきり長テーブルに頭をぶつけ、 テーブルの上にあったコップや取り皿が一斉に軽くジャンプした。

「・・・・・痛ってー」

これが、予想外に痛かった。額をさすりながら少し体を起こす。
90度は少し深すぎたようだ・・・
爆笑する先輩と女の人をおいて、彼女は心配そうにこちらを覗きこんできた。

「すごい音だったけど・・・大丈夫?」

一段上がった座敷に座っている彼女が、上目遣いに俺を見上げる形になる。

ち、近いっっ・・・・睫毛、長っ・・・。
かーっっと体が熱くなる。姿勢は即直立不動。慌てて俺は言った。

「あ、だ、だいじょうぶっす!これくらいはたいしたことないっす!!」
「そうなの?」
「おっ、俺アメフトしてたんでっ。ぶつかったりとか、そういうの慣れてますからっ」

ツバを飛ばすイキオイでまくし立てた俺に、一度は驚いたものの。

「そっか、じゃあ良かった。はい、どうぞ」

彼女はそう言って俺のために席を空けてくれた。
え。・・・・となり、座っていいの?
挙動不審の俺をアガってると勘違いしたらしく、彼女は気遣うようにもう一度俺に席を勧めてくれた。

・・・何の変哲もない座布団が、とてつもなく輝いて見える。

「し、失礼しまっす!」

そそくさと、靴を脱いで上がりこむ。

「おい神林〜。いきなり佐藤ちゃんの横とは大胆だな」
「え、いや、あのっ」
「もう他の席空いてないじゃないですかー」

気がつくと長テーブルには他の社員も勢ぞろい。座ってなかったのは俺くらいだった。
先輩に困った顔をしてそう言う佐藤さん。
バレない程度に横顔を覗き込んだ。やっぱりかわいい。甘い匂いがする。香水とかかな・・・。

「ほら諸岡さん、スネないで。幹事でしょー。仕事仕事」
「ちぇー。・・・部長、乾杯の音頭お願いしまっす」


・・・


料理も美味しい。酒も美味しい。
だけど・・・いつもみたいに喉を通らない。

「かわいい、っすよね・・・」
「あはは。ありがとう〜」

さっきから何度となく繰り返される会話。
すっかり俺を酔っ払いと認識して本気にしてくれない佐藤さんと、諦めずに本音を上塗りしようとする俺。

最初は新人の分際で手が早いだとかぶつくさ言ってた先輩も、呆れて口を出すどころか目も合わせてくれなくなった。
今はもう一人の新人である(つまり俺と同期の)女の子と仲良くお話中。

「佐藤さんは、酒強いっすね」
「えー、そんなことないよ。神林君は大きいのにお酒弱いねー」
「いや、俺、酔ってないっす」
「ウソー。酔ってない、って酔ってる人がする言い訳だよ」
「マジっすよ」

それは、本当。
俺は酒で酔ったことなんかないんだ。
酔っているとすれば、程よく頬を染めながら同じ言葉を繰り返す俺と根気強く会話している、この人に酔っている。

「あの、俺・・・」

ん?と目だけで佐藤さんが返事をした瞬間、

「・・・・では皆さん、宴たけなわではございますがー、この辺でいったんお開きってことで・・・・」

ざわざわとざわつく周囲。
どうやら佐藤さんと話しているうちに結構な時間が経っていたみたいだ。
会計は一人いくらだの、新人は出さなくていいからな、とどこからともなく聞こえた声に頭を下げつつ周囲を見渡す。

佐藤さんは、いつの間にかテーブルの向こう側。同僚である渡さん(さっき長机に頭をぶつけた俺を盛大に笑った人だ)の隣にいる。
二人でこそこそと言葉を交わし、時にくすくすと笑い合っている。
教室なんかでもよく見かけたような光景に、女の子というのは例え年上であっても基本そんなに変わらないな、と思った。

何、話してんのかなー・・・・。

「おい!神林!次の店行くぞっ!」
「あ、はいっ」

ぼんやりと見惚れていたら、不機嫌そうな諸岡先輩にどやされた。

「佐藤さんは来ないの?」
「あ、私たちは遠慮しておきます。楽しんできてください」

俺のときとは声色を変えて佐藤さん達に声をかけた先輩。
それに対し、にっこり微笑む佐藤さんと渡さん。

「そんなこと言って二人でどっかで飲むんでしょー」
「えー、そんなことないですよー。お酒いっぱいいただいたし、私たちもう眠くって。すぐ帰ります」

心底申し訳なさそうに肩をすくめる佐藤さん。
すみません、と謝る姿に先輩も「気をつけて帰ってね」と心配そうに応じている。

そうだなぁ・・・佐藤さん、確かに結構飲んでた。さすがに疲れたのかもしれない。

俺は先輩に次に行く店の場所を聞いた。
それから、トイレへと席を立った佐藤さんを居酒屋の外で待つ。

ほどなくして引き戸から現れた柔らかい巻き毛の後姿に、声をかけた。

「あ、あの・・・・っ」

普通にかけるつもりだった声が、緊張で上ずった。
佐藤さんが怪訝に振り向いて、俺を確認してホッとしたように笑った。

「あぁ、なんだ神林君。どうしたの?早く行かないとみんな行っちゃうよ、次のお店」
「あの、これっ」

差し出した新品の名刺には、さっきトイレに行ったとき素早く書いておいた俺のケー番とメルアド。
字には自信がないから本当はこんな風じゃなくて直接連絡先を聞き出したかったけど、時間も二人きりになる空気もなかったので致し方ない。

「これ、なぁに?」

笑顔で受け取ってくれて、そこにある連絡先を見て、それから俺のほうをもう一度見た。
小首をかしげながら質問するような仕草。
キラキラした瞳。髪に隠れていて見えなかったピアスが耳元で光る。

可愛い。
可愛すぎるよこの人。

"気が向いたら連絡ください"

用意していた言葉なんて速攻、場外ホームラン。

「・・・・ひとめぼれ、なんです」
「え・・・?」
「こんな気持ちは、初めてなんです。俺と、その・・・っ」

―――付き合ってください。

そう言おうと口を開きかけた瞬間、佐藤さんの形相が変わった。

「ふ、ふざけないでっ!」

え?

「なんで、なんでアンタが言うのそのセリフっ?!冗談もいい加減にしてよねっ!」
「い、いや冗談じゃないですし・・・」
「帰るっ。神林君も早く次のお店に行きなさいっ」
「いやでも返事を・・・」
「いいから行けっ!!」

・・・これは、本当にさっきの佐藤さんだろうか。

キッ、と上がった目尻には怒りの炎がみなぎり、座っているときは終止膝を押さえていた華奢な手は仁王立ちになった腰に添えられている。
右手は、先輩たちが去った方角をきっちりと指差して。

「・・・・・わかりました」

迫力に気圧された俺は、思わずそう引き下がった。

ふんっ、と鼻息をひとつ吐いてくるん、と俺に背を向け立ち去る後姿は、可憐というより大胆不敵。
すっげ強そう。

・・・なんだったんだ、今の。

それまで隣で、穏やかに相槌を売ってくれていた佐藤さんとはまるで別人。
驚いたけど・・・・。
その後姿もやっぱり可愛くて、うっとりと見送ってしまう俺が、いた。

・・・うん。そうだ。
よく分からないが、断られたわけではない。と思う。
とりあえず名刺を突っ返されることはなかったし、同じ会社なんだからこれからも会える。

コーチがいつも言ってたじゃないか。
継続は力なり。

毎日会ってたらどうにかなるかもしれない。

「がんばるぞー!!」

道端で急に叫んだ俺を、通りすがりの人たちが怪訝に見つめ去っていった。