初恋は、保育園で一緒だったカズヤくん。
「いっしょにいようね」
クローバとシロツメクサ付きの、シンプルなプロポーズに浮き足立って
その日のうちにカズヤくんのお母さんにご挨拶した
「しょうらいけっこんします」
カズヤママは笑って許してくれた
一週間後「やっぱりけっこんやめよう」って言われるまでは、
まるで二人の前にお花畑で縁取られた美しい道が開けたような、そんな気分だった
私の初恋の味は、オレンジの皮のように苦い。
「あーーーー!イイ男がいなーーーーいっ」
深夜11時過ぎ。
フレッシュジュースを使ったカクテルが評判の店で、すっかり冷め切って塩と油の固まりと化したフライドポテトが2本だけ紙ナプキンの上で死体みたいに静かに横たわっている。
「未央は夢見がちなんだってば」
「えー、そんなことないよー」
「そんなことある。アンタもう27だよ?も少し妥協しなさいよ」
友人の言うことも最も。
自分の理想が高いことは百も承知だ。
けど、別にセレブと結婚したいって言ってるわけじゃないんだし。
その人と並んで歩くことを自分が納得できなきゃ付き合いが長くは続かないことだって、知ってるから。
「トシシタはイヤー。年上がイイ。30歳くらいで、オシャレで優しくて、チュートリアルの徳井さんみたいな顔の人がいい」
「そんなのいないし!第一徳井さんヘンタイだし!」
「ヘンタイじゃないよーっ。あの人はピュアで才能溢れすぎてるだけだもん」
「そのフォロー自体キモいし・・・とにかく、一回くらい遊びにいったっていいじゃない」
あうー、と返事にもならない声を発しながら目の前のファジーネーブルのグラスの水滴を指でなぞった。
子供のとき湿気で曇ったガラス窓に絵を描いたときみたいに、くるくるくる、と三重丸。
当然そこまでグラスは冷たくなっていないから、三重丸は形にもならずただ指先に雫が絡むだけ。
・・・あー、つまんない。全然つまんないっ。
大不況の中、うちの会社には二人だけ新入社員が入った。
一人は女の子で、もう一人は男の子。
今までスポーツしかしてきませんでした〜、って背中に書いてあるようなガタイ、
着慣れないスーツの上着はサイズがあってなくって肩のラインがピチピチ(きっと試着もせずに適当に買って来たに違いない)。
次々ジョッキのビールをおかわりしながら
『かわいいっす!佐藤さんかわいいっす!』
何度も言うから冗談と思って『ありがとー』って言ってたら、すっかり本気だったみたいで。
「かわいいじゃない。真剣な顔して何渡してんのかと思ったわよ」
「あれのどこが可愛いの・・・」
可愛いって言うのはジャニーズ事務所の方々に向けられる言葉でしょ?
あれはどう見たってオードリーの春日。ピンクのベストでも着てたらいいのよ。
「えー。未央が言うほどヒドくないって、神林くんは。観念してメールくらいしてやりなさいよ。これは命令です」
――・・・なーんであんたに命令されなきゃいけないのよぉ。
でも、心配して言ってくれてるのはすごく分かるから逆らえない。
文句も心の中だけでしか言えない。
入社して7年目、同期のちはるにだけは包み隠さず何でも話してきたし、こちらもちはるの全てを知ってる。
手には、肩書きすらまだない名前だけの名刺。「神林遼河」って真ん中にどん、とそれだけ。
っていうかあの顔で遼河(リョウガ)? ふざけすぎだ。親の顔が見てみたい。
しかもそんだけスペース空いてるのに、携帯の番号とアドレスは下のほうに小さく書かれている。
あーんな図体大きいくせに、何でこんなちっちゃく書くかな。気が弱そうで、そういうとこも何かダメ。
「・・・こんなの読めなーい」
「読みなさい。っていうか読み取りなさいよ」
「こんな薄暗いところで読んだら目が悪くなっちゃ〜う」
「すでに悪いでしょうが」
憧れの相手とまっすぐゴールインできないなんて、初恋のときから知ってる。
特に好きな人がいるわけじゃないし、過去にそれっぽい人がいたわけでもない。
だけど諦めきれない。納得できない。
「いーやーだーぁ」
「みーおっ!」
こんな歳して何期待してんだって言われても、あたしはずっと、どこかで待っている。
優しくて格好良くて、ありえないくらいあたしを大切にしてくれる・・・・・・あたしだけの王子様を。
「すみませーん、おかわりください」
「話をごまかすなっ」
そして、そんな王子様が現れたら、今度こそ。
このお酒のような、甘い甘い恋をする。
初恋をやり直すの。
それまでは絶対に、納得できないの。
・・・ごめんね。
手の中の名刺をくしゃり、と握りつぶしたら、友達の目がますます三角につり上がった。
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